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最近見た映画

映画

アイアムアヒーローとレヴェナントのネタバレを含むので注意してください。

アイアムアヒーロー

予告編が邦画にしては感動っぽい要素がなかったり、音声による煽りがなかったりして、かなり攻めている要素があったので面白そうだと思っていた。見ようと思ってタイミングがなくずるずると先送りになっていたのだが、Twitterで評判が良かったのでこれは観ないといけないと思って映画館に行った。

少年漫画のように、かなり分かりやすくヒーロー物という内容だった。鬱屈した主人公であるヒデオがZQN(要するにゾンビ)と戦って成長する物語……というと荒すぎるか。劇中を通して徹頭徹尾臆病で、ZQNに襲われれば腰を抜かし、散弾銃を持っていても外で撃つと銃刀法違反だからと言って撃たず、道中で助けて行動を共にした女の子にも手を出さない、そんなヒデオが最後の瞬間だけ、自分を信じてくれた人と自分が守りたいと思った人のため、自分から進んでZQNの大群との戦いに身を投じる。そんな最後の瞬間で最大限にカタストロフィを生み出すため、それだけのために途中の全ての展開が存在したのだという、説得力のある清々しさを感じた。最初は照れと自虐、それと願望の混ざった感じに「英雄と書いてヒデオです」と言っていたのが、最後に仲間を助けて本当の英雄となった途端に「ただのヒデオです」と言ったのは、本当に等身大のヒーローという感じでよい。ヤブに評価されていた、ヒロミちゃんを助けてZQNを発症しても連れて歩いたというエピソードも、ギリギリ普通の人でもできそうというラインを保っていて、過度に超人という描写がないのがすごい。

逆に本筋以外のストーリーについては、全体としての完成度を損なわせるまでではないにしても、多少のアラが目についた。富士山に向かえばZQNの感染を阻止できるという情報をすんなりと信じた点や、高飛びを繰り返している陸上選手のZQNを危険視せず放置していた点など、ストーリーを進めるためとは言え、強引でご都合主義という面は否めない。ただ、ヒデオの英雄譚という観点で言えば、特に問題になるほどではないと思う。

あと、予告編を観て、コメディタッチの映画かと思っていたら、かなりZQNの描写がえげつなくて少し後悔した。叫び声とともに突然アップでZQNが襲いかかってきたり、ZQNを鈍器や刃物で攻撃して肉が見えたり、逆にZQNに食われた人間に痛々しい食い跡があったり……。最後の展開のためにこの映画を見る価値は確実にあったが、それでも怖いのとか痛いのは苦手……。ただ、そういう層を取り込むという意味でも、コメディだと思わせる予告編の演出には意味があったのだと思う。実際、怖いゾンビものだと分かってたら観なかったと思うし。

レヴェナント

これも予告編で観て、子供を殺された父親の復讐譚というニンジャスレイヤーのようなストーリーに惹かれた。子供を殺した犯罪者集団を父親が次々と殺していくタイプの話かと思っていたのだが、予想に反して、フィッツジェラルドに子供を殺されたグラスが、フィッツジェラルドのみを標的として、瀕死の状態から蘇って追跡の果てに殺すという、かなりストイックな物語だった。

役者の演技はどれもうまく、映像は美しいし、アクションも派手でこそないものの息を呑ませるシーンが多いので2時間半という長丁場にも関わらず飽きることなく観ることができたのだが、やはり次々と敵を殺していくという話を期待していると肩透かしを喰らった。性質としてはおそらくオデッセイに近く、グラスがいかにして死の淵から蘇り、途中で出会った人々と関わりつつフィッツジェラルドに肉薄していくかという、泥臭い道程を追体験することに主眼がある作品なのだが、やはり映像では泥臭さの表現に限界があり、淡白になりすぎてしまっている印象を受けた。

明確な悪役とヒーローがいるのではなく、どの登場人物も各人の信念に基いて正しいと思う選択を取り続けており、わずかな不運によって悲劇が起こり復讐劇に繋がっているという設定が、アメリカ映画にしては珍しく感じた。しかも復讐という、基本的には復讐する側とされる側の双方にとって不幸な結末が待っていることの多い題材に対して、最終的にグラスがフィッツジェラルドを殺すことに成功し、そのグラスも雪山で力尽きつつ愛したポワカ(でいいんだよね?)の幻影を見て終わるという、ある種のハッピーエンドにも見える結末になっており、爽快感こそないものの、現実はこんなもんだよねという、地に足の着いた物語だと感じた。

原作が小説であるためか、オデッセイと同じく映画としては説明不足な点もある。アリカラ族の娘のポワカについては、グラスがポワカを奪い、その子供がホークであることを示唆する言動は多々あるものの明確には言及されなかったし、アリカラ族がポワカを求めてアメリカ人を追っていることの背景についても、彼らがなぜ強くこだわるのかの説明はなかった(ホークが既に青年と言える歳なので、ポワカの事件は20年程度昔の話であるはず)。また、アメリカ人たちが毛皮商としてインディアンと戦いつつも毛皮を買っている理由もあまり明らかではなかった。アメリカ史としては常識なんだろうか?

俳優の演技は総じてクオリティが高く、特にホークの心の奥底に色々な思いを貯めこんでいるような青年の演技と、ブリッジャーの経験の浅さからくる優柔不断さと、フィッツジェラルドの断定的な決断に流されてしまう演技はかなりリアリティがあった。